【目黒区】謎の狛犬がいっぱい!?目黒不動尊の境内は愛嬌たっぷりの和犬タイプや都内最古など、まさに狛犬ワールドでした
つい先日、コロナ禍のプチ贅沢に目黒不動尊近くにある有名なうなぎ屋さん「八ッ目や にしむら」でうなぎをテイクアウトしてきました。
うなぎが焼きあがるまでのひと時、ふと訪れた目黒不動尊。境内で座ってくつろいでいると、以前は気づかなかった謎の狛犬が目の前に!
明らかに普通の狛犬とちょっと違う。むむむ、これはいったい・・・。ということで、今回は目黒不動尊にたくさん奉納されている狛犬の謎に出来る限り迫ってみたいと思います。
そもそも狛犬とは何?
私たちが普段目にしている狛犬とは、石造りで神社の入り口にある上の写真のようなお姿がスタンダードなのではないでしょうか。こちらの狛犬はちなみに1999年に目黒不動尊へ奉納されているので、比較的若い狛犬といえます。
狛犬とは「高麗(こま)犬」の意味で、鳥居とともに神社の入り口を守るように一対で置かれていることがよくあります(参照元:神社本庁の公式ホームページ)。邪気を祓う意味があるとされ、一般的には神社にありますが、稀に寺院に置かれる場合も。
有名なのが奈良の東大寺南大門にある狛犬だそうで、日本最古と言われています。
目黒不動尊は正式名称を瀧泉寺(りゅうせんじ)といいますが、実にたくさんの狛犬が奉納されていることで有名なようです。知らなかった…。
狛犬は仏教とともに日本へ伝来
狛犬が日本に伝わったのは仏教と同じ頃で飛鳥時代~平安時代頃のようです。仏教はインドから中国に伝わり、朝鮮半島を経由して日本にもたらされました。
インドでは仏を守る聖獣としてライオンを仏像の台座に刻むなど、モチーフにしていましたが、それが中国にわたるとデフォルメされた獅子になり、派手な装飾が施されるようになります。
当時、中国を訪れていた遣唐使が見た獅子像を日本へ伝え、それが狛犬の原型になったのではないかという設が有力。当時の日本人は見たこともない姿に驚いて“高麗(こま)から伝わった犬”として、狛犬になったのではないかということです。
この場合の“高麗(こま)”というのは、朝鮮ということではなく、外国の犬といった意味合いのようです。
狛犬と獅子、両方あるってどういうこと?
神社の入り口にいるのが狛犬と思っていましたが、実は向かって右に置かれているのが“獅子”だそうで、左が“狛犬”だとか。奈良県歴史文化資料データベースのHPを拝見すると、平安時代の宮中儀式を記録した『延喜式』にそう書かれているそうです。
その後、『源氏物語』『枕草子』『徒然草』にも「獅子・狛犬」との記述があるということなので、もともとはその二対が原型だったことは間違いなさそうです。
獅子の方が「阿形(あぎょう)」で口を開け、狛犬の方が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じています。狛犬の方は角を持っている場合もあるそうです。
最初は天皇の傍らに置き守護する存在であり、神社の本殿の中で神仏を守護するもの(人目には触れないもの)として置かれていたもの。それが、本殿の外に姿を現し、参道の途中へ、そして鳥居の前へと置かれるようになり、門番としての役割を果たすようになり・・・現在の狛犬のポジションとなるわけです。
大勢の人の目に触れるようになれば、その姿形は変化していくのは当然のことで、作り手や庶民の願いに合わせてデフォルメされ、いろいろな“狛犬”が登場。目黒不動尊のバラエティに富んだ狛犬たちがそれを物語っているということなのかもしれません。
いずれにせよ狛犬は日本で独自の進化を遂げた信仰の形のひとつ、ということが言えそうです。
目黒不動尊で最も古い狛犬は男坂を上がったところにある
本殿までは二つのルートがある目黒不動尊。一つは急な階段を一気に登る男坂。もう一つは途中で、踊り場がある女坂です。
男坂を登り切った階段の両脇にある狛犬は、なんと1654年(承応3年)作で徳川家綱の時代だそう。
目黒不動尊の獅子・狛犬像は同じ顔立ちで違いは「阿吽」の表情だけ。狛犬には角がありません。
丸みのあるシルエットはどこか優しく、愛嬌を感じます。ぜひ後ろからも、見てみてください。
日本の狛犬は、左右非対称が特徴なようです。東大寺南大門の仁王像(金剛力士像)は、運慶・快慶の作として有名ですが、日本最古の獅子・狛犬像もそこに置かれています。
東大寺の獅子・狛犬は鎌倉時代のものらしく、石は中国産。中国の石工が彫ったものであることがさまざまな調査や文献から判明しています。
江戸時代に奉納された狛犬はいわゆる和犬タイプ
私が目黒不動尊の狛犬に目を奪われたのが、男坂前に置かれていた像。獅子ではなく、明らかに普通の犬です。
しっぽが長く、カールしていてなんとも愛嬌のある表情をしています。
しかも子連れなようで、片方は雌犬、片方は雄犬でしょうか。幕末である徳川家茂の時代である1862年(文久2年)の作。同じ年に生麦事件が起こっています。
さらに水かけ不動尊の奥、独鈷の滝の前などにも子連れ犬の像。
男坂のすぐ脇に寄りかかるように置かれている狛犬はどこか疲れた様子。毎日子犬のお世話でぐったりした様子は、やけにリアルです。
さらに、こちらの前不動入り口にも和犬型の狛犬があります。
前不動は江戸時代中期頃の建物で東京都指定有形文化財。江戸時代に将軍や大名が参拝していると庶民は本堂へ近づけないため、その便宜を図って建立したものだそうです。
こちらに置かれている狛犬は子育て中ではないようですが、ちょっとうなだれた様子。
昔飼ってた我が家の愛犬、ラブラドールレトリバーが夏を迎えた時の様子にそっくり。可愛すぎます。
犬好きな方なら、こちらの和犬型狛犬はたまらなく愛おしくかんじるのでは?
犬はお産が軽く多産であることから、妊娠五か月目の戌の日には“帯祝い”を行う儀式があります。東京なら安産祈願は水天宮が有名ですよね。
和犬型の狛犬は「五穀豊穣」「夫婦和合」など、庶民の願いが込められて奉納されたのかもしれません。
現在、目黒不動尊の入り口を守るのはこの2体
目黒不動尊に向かって右手に置かれている狛犬(獅子像)はこちら。
現在、コロナ禍でマスク着用中です。そしてその向かい左手にある狛犬。
冒頭で紹介したとおり、1999年(平成11年)の奉納ということでお若い狛犬さんたちです。
そして、仁王門の裏側。目黒不動尊から外へ出るときにお会いできるのがこちらの狛犬さんたち。
こちらの狛犬は1978年(昭和53年)作。狛犬の方にはちゃんと角が生えていますね。
いままで神社仏閣を訪ねて、狛犬にあまり注目したことがなかったので、とても興味深かったです。神社によっては、狛犬ではなく狛猿(日枝神社)だったり、狛狸(柳森神社)、狼(秩父の三峰神社)などいろいろあるのは知っていましたが、和犬型のようなタイプは初めてでした。
皆さんもぜひ目黒不動尊にお参りの際は、注目してみてくださいね。
↓目黒不動尊の場所はこちら