【目黒区】目黒駅から恵比寿駅に向かった途中にある「三田公園」。細長い形の敷地内にはカラフルな遊具や広場も

目黒駅から目黒三田通りを恵比寿駅に向かい、歩いて約9分の所にある三田公園。道路を挟んでお向かいは2027年3月に閉校が決まっている「日の丸自動車学校」です。
公園の入口向かって左手には目黒区田道住区センター三田分室があります。

目黒区立田道住区センター三田分室
こちらの住区会議室は、住区センターコミュニティールームへ名称が変更になり、2025年(令和7年)4月から施設使用料他、利用時間割や団体登録制度が改定されています。
間口が狭く、奥行きがある細長い敷地の「三田公園」

間口が狭く、奥行きのある細長い形をした三田公園。
目黒三田通りに面した公園の入口手前には広場があり、ここでボール遊びやゲートボールなどの軽スポーツもできるそうです(予約不要)。
10名以上の団体で利用する場合は、事前に(使用希望の3か月前から)目黒区へ申請が必要になります。
その奥には子どもたちが思い切り遊べる遊具があるエリア。

樹木が多く、ゆっくり過ごせる雰囲気でした。

広場と遊具のあるエリアの中間ぐらいのところにオストメイト(温水機能付き)対応の多目的トイレもありました。赤ちゃん連れで訪れても安心ですね。

公園前には目黒区のコミュニティバス「さんまバス」の目黒区総合庁舎方面行きのバス停があります。
中目黒方面からも気軽に行き来できて便利です。
三田公園周辺はかつて「千代ケ崎」という名前で呼ばれていた場所

三田公園がある辺り、権之助坂上から恵比寿方面に向かって現在の三田公園がある辺りまでの目黒川沿いの大地を「千代ケ崎(ちよがさき)」と呼んでいました。
目黒元富士、目黒新富士、爺ヶ茶屋、夕日が丘と並び、富士山を眺める絶好の景勝地であったそうで、江戸名所の1つ。東側には品川の海も見えたそうです。
目黒不動尊参りが流行った当時は、ここにも立ち寄り、富士山や海の眺めを楽しむ人々も多かったことでしょう。
歌川広重「名所江戸百景」に描かれた千代ヶ池があったところ
江戸時代、目黒一丁目・三田二丁目・品川区上大崎二丁目の区境あたりに、九州の肥前島原藩主松平主殿頭(とものかみ)のお抱え屋敷がありました。2万坪あまりといわれる広大な敷地には、三田用水を利用した関東第一といわれた三段の滝が落ち込む大きな池も。
そのあまりの素晴らしさに“絶景観”とも呼ばれたとか。屋敷の一角(目黒1-1付近)にはかつて「千代ヶ池」がありその様子は、歌川広重の「名所江戸百景」で「目黒千代か池」にも描かれています。
“千代ヶ崎”の名は南北朝時代のエピソードに由来?
千代ヶ崎の名前の由来ですが、南北朝時代の武将新田義興(よしおき)の侍女、千代にまつわる伝説から出たものといわれているそうです。
1358年(正平13年)、義興は足利基氏・畠山国清に謀られ、多摩川矢口の渡しで殺されてしまいました。義興の死を知った千代は「死ねば義興のそばに行ける」と考え、この池に身を投げてしまったとのこと。
千代を哀れんだ人びとは、この池を千代ヶ池と呼ぶようになり、それが地名となったといわれています。
千代ヶ池は、警視庁目黒合同庁舎(目黒区目黒1-1)の構内に1935年(昭和10年)頃まで、わずかに残っていたそうです(参照元:目黒区ホームページより)。
千代ヶ崎という地名は1932年(昭和7年)以前まで、目黒町の字名として使われていました。
現在の三田公園周辺は大きな建物が立ち並び、昔の面影はほとんどありません。富士山も見えなくなってしまいました。










