【目黒区】保存状態が良好な区指定有形文化財「田道庚申塔群」。青山から目黒不動へ向かう参詣道に並んでいます

東京都

目黒区民センター近くにある田道庚申塔群

目黒区内に残されている馬頭観音や庚申塔などを訪ね歩くシリーズ。今回は目黒区区民センターの裏手、田道庚申通りに面した場所にある「田道庚申塔群」をご紹介しましょう。

中目黒村の小字に由来する地名「田道(でんどう)」

ちょっと珍しい地名「田道」は、現在の目黒1丁目、下目黒2丁目付近を示すエリアです。“たみち”ではなく“でんどう”と読むのはちょっと珍しいですね。

1889年(明治22年)以前の中目黒村の小字の一つで、同村内には田道裏、田道耕地という田道にちなむ小字名も存在していたそうです(参照元:目黒区ホームページより)。

  1. かつてこの地に「道場」があったことに由来し、かつては「傳道」と書かれた
  2. 目黒氏の一族「田道源吾」に関係している
  3. 目黒川流域に連なる水田にちなんだ地名で
  4. 江戸時代に音読みが流行したので田んぼの道、つまり「田道」(たみち)を音読して「でんどう」と呼ぶようになった

など、名前の由来には諸説あり、どれも確証にはいたらないということで謎多き地名となっています。

屋根が作られ、保存状態が良好な田道庚申群

ていねいに祀られている田道庚申塔

江戸時代、人の寿命を縮める虫・三尸虫(さんしちゅう)が寝ている間に天帝に罪を報告してしまわぬよう、60日ごとの「庚申(かのえさる)の夜」に徹夜で祈る「庚申待(こうしんまち)」という民間信仰がありました。

庚申塔(こうしんとう)はその庚申信仰に基づいて建てられた石塔です。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多いそうです。

庚申塔6基と地蔵1基

延宝元年の銘文のある地蔵1基(向かって右端)

田道庚申塔群は、1673年(延宝元年)の銘文のある地蔵1基、1677年(延宝5年)~1713年(正徳3年)の銘文のある庚申塔6基からなり、当時の民間信仰を今に伝えています。

屋根の下に守られてきた庚申塔

庚申の日の夜は、天帝や猿田彦や馬頭観音や青面金剛を祀り、飲んだり食べたりしながら一晩中語りあかす集まりが盛んに行われました。

庚申塔には「申(干支で猿に例えられる)」として「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫ることが多くあります。

田道庚申塔2

また「青面金剛(しょうめんこんごう)」は病魔を除くということで信仰の対象に。青面金剛が踏みつける「邪鬼」が彫られていることも多くありますね。

「太陽と月」は徹夜のシンボル。または夜神(青面金剛)を祀るという意味もあるそうです。

「二羽の鶏」は夜明けを告げる鳴き声、夜を徹して信仰する「庚申待ち」に由来。

保存状態が良く残されている庚申塔

田道庚申塔群には青面金剛、太陽と月、二羽の鶏、三匹の猿の彫刻がしっかり確認できるなど、コンディションは良好でした。

目黒区内にはまだまだ残されていますので、コツコツと巡ってみたいと思います。

田道庚申塔群(区指定有形文化財)
住所
東京都目黒区目黒2-13-7
最寄り駅
JR山手線・東急目黒線 目黒駅

※情報は取材当時のものです。来店の際は公式情報をご確認ください。

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